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 平成10年6月、原作者・敷村良子さんの初のエッセイ集「ふだん冒険記」の出版にあわせて サイン会と奥田真理子さんの写真展が開催されました。
 敷村さんの魅力あふれるお話と素敵な写真を楽しんでください。

写真2:10K −まず初めに、敷村さんの『がんばっていきまっしょい』に対する”思い入れ”をお聞かせ下さい。

(敷村)
 「がんばっていきまっしょい」は私の高校生活そのものを書いたわけではありません が、ボート部の練習風景などは、実体験を活かしています。どなたにとっても、高 校時代の体験というのは特別なものだと思いますが、私にとっても胸が痛くなるほど切 ない思い出です。やはり、どうしても特別な思いがあります。
 当初はロケ地も変わる可能性がありましたが、プロデューサーの方や監督に、「太平 洋でもなく、琵琶湖でもなく、『がんばっていきまっしょい』の海は、瀬戸内海のこの 海なんだ」というのを説明し、母校である松山東高校や港山の艇庫、鹿野川湖など、自 分で車を運転して案内しました。
 普通、原作者はそこまでやらなくてもいいそうですが、 どうしても見てもらいたかった。そういう気持ちに自然になったのも、やはり作品に対 する思いが強いということなのでしょうね。

写真3:8K −完成した映画を見た時は、どんな気持ちになられましたか?

(敷村)
 高校時代、実際に見た風景、小説を書きながら思い描いた場面に、スクリーンに浮 かび上がる映像が重なって、何度も涙が溢れました。
 自分が原作を提供したということ を差し引いても、好きな映画です。確かに原作は私の小説ですが、磯村一路監督の個性 がきちんと出ていて、さすがだなあと思いました。
 可哀想だから泣くんじゃない。胸の奥からわき出る感動で自然に涙が出るような、そん な映画です。映画を見終わったあと、目線をあげて歩きたくなります。

写真4:6K −原作と映画で「ここは違う!」っていうところはありますか?

(敷村)
 本質的な部分は同じだと思っています。細かい部分は実際に映画を見、本を読み、 探してみてください。
 単純に言えば、原作は悦子の三年間、卒業するまでを描いていま す。

写真5:10K −敷村さんの「松山」に対する思いは?

(敷村)
 松山生まれの松山育ちで高校卒業後11年間東京で働いていました。その後、 松山にUターンしてから松山の良さを再認識しました。アメリカでも半年暮らしました が、どんなに素敵な街よりも私が落ち着くのは、松山といってもいいでしょう。 土地の持つ気が、穏やかなんです。言葉で表現するのは難しいですが、時間がゆっ くり流れ始めるような、そんな街です。山も海も近く、ほどよく狭いんですよね。 市内に温泉がたくさんあるのもいい。
 夏目漱石はわずかな期間しか松山にいません でしたが、短気を起こさずにもう少し松山にいれば、胃潰瘍にならず、書く作品も 変わっていたのではないかと思うほどです。(作品にとっては必ずしもいいことで はないでしょうが)
 私にとって海といえば、西海岸の海でも、地中海の海でもなく、あの湖みたいな、 おだやかな瀬戸内海。松山は私にとって、とても大切な場所です。

写真6:8K −最後に今後のご活躍について教えてください。

(敷村)
 朝日新聞愛媛地方版に2年間連載していたエッセイ、「ふだん冒険記」が、6月10日 、創風社出版より発行されました。
 秋には「鳩よ!」(マガジンハウス刊)に連載した小説、『明日は明日のカキクケコ』 が、マガジンハウスより出版されます。夏から、その次の小説の取材を始める予定です。



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