20年前、松山。
 高校入学を控えた15才の悦子は、ある日夕方の海で、逆光にきらめくボートを見た。朱色に染まった波の合間を、ボートは夕日に向かって小さくなっていく...。

 その美しい風景に感動した悦子は、入学しボート部に女子部がないことを知るが、どうしても思いを押さえられず、勢いのように女子ボート部を作ってしまう。といってもたった一人である。どうやってボートを漕ぐんだ、というところだが何とか男子に混ぜてもらい細々と練習を始める。男子部には幼なじみで天敵の関野ブーがいる。未だに憎まれ口を叩き合う仲なので、はっきり言ってやりにくい。このまま男子部とやるしかないのだろうか......そんな悦子の不安が消えたのは校内ボートレースの後だった。どうにかこうにか「新人戦」までと頼み込んで4人のメンバーが揃ったのだ。しかし、そのメンバーが問題だった。彼女たち4人は全員運動部未経験者、体力はないしボートにも大して興味がない。初心者マークもいいところだった。

 練習を始めてみたものの.....自分たちでボートが運べないからと男子の応援に頼り、海の上ではお喋りに花を咲かせる。そんな調子で挑んだ新人戦は案の定さんざんの結果だった。みっともない負け方をした上に屈辱的な言葉まで浴びせられ、やっと5人の負けん気が頭をもたげた。「このままじゃやめられない」翌日から5人は練習を再開した。二度と悔しい思いはしたくない......みんなの気持ちが一つになっていった。

 やがてある日、晶子という女性がコーチにやってきた。世界選手権出場の強者だという触込みだが、どうにもよそよそしく、やる気のない様子の晶子。メンバーも一度は喜んだものの、何かぎくしゃくしてしまう。

 そんな折り、むやみに頑張りすぎたのか悦子は腰を痛めて練習を休まなくてはならなくなった。早く海に戻りたい、みんなと一緒に漕ぎたい。気ばかり焦りみんなの練習している海に行くが、悦子のポジションに新入生がいるのを見ると、仲間たちに声をかけられない。孤独感を感じてボートから離れ始める悦子だった。

 そんな悦子をボート部に復帰させたのは晶子だった。やっぱりボートが好きなんだ、という悦子の思いを知った晶子にも心の変化があった。4人は悦子の体を気遣いながらも、復帰を待ちわびていたので心から喜んで悦子を迎えた。寂しかった悦子の心の澱みも嘘のように消えた。

 そして1年が巡りついに2度目の新人戦がやってくる。震える思いで予選に臨む悦子たち。思いがけなく勝った、初めてドベじゃなかった。.....そして決勝のを迎える。まだ朝霧の残る湖に「ひがしこー、がんばっていきまっしょい。」「ショイ!」と、自らを励ますエールが響いた。スタートの声がかかり、皆、死にもの狂いでオールをひいた。湖畔から晶子が、家族が、そしてブーが悦子たちのボートに声援を送っている。苦しさに頭の中が真っ白になった時、「イージー・オール」の声が遠く聞こえた。

 − 2年目の秋が終わり、艇庫にも冬支度の日がやってきた。これでしばらくは、海とはお別れだ。いつか見たあの美しい風景は、今ではちゃんと悦子自身の心の風景になっていた。艇庫に鍵をかけ、海を振り返った悦を夕日の輝きが包み、悦子は満たされた思いで一杯になった。
 

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