2014年11月12日、愛媛県・松山市総合コミュニティーセンターで、第6回伊丹十三賞受賞者のリリー・フランキーさんと、選考委員の周防監督とのトークショーが開催されました。当日参加された900名のお客様は、応募総数3000通の中から3倍の倍率を経ていらしてくれた方達。この日、トークのテーマは「いかにしてリリー・フランキーになったのか」。様々な意味にも捉えられるテーマのもとに、作家、ミュージシャン、デザイナー、俳優と多彩な顔を持つリリーさんと、緻密な取材から映画を作る周防監督の対談とあり、期待が高まります。

 

 


まずは、宮本信子(伊丹十三記念館)館長の挨拶。この日、松山は雨が降ったり止んだりの天気だったのですが、開始前には雨もすっかり上がり、「晴れ女の私が、雨男のリリーさんに勝ちました!」と会場を盛り上げたところで、お二人を呼び込むと、リリーさん「ステージに出てトークをする姿を見て、やっぱり女優だな、華やかだなと思いました。この後、(周防監督と)二人だけになって地味にならないか心配です」と挨拶で笑わせると、宮本館長も笑ってステージを二人に託して退場しました。

映画『お葬式』のセットで使用したソファに腰掛けスタートしたトークショー。まずは、周防監督がリリーさんを選考した理由として「(自分の映画に)リリー・フランキーに出演をお願い出来るような世界を作れるか?」と思ったことがきっかけだったと説明すると、リリーさん「いろんな肩書を持たれている伊丹監督に憧れがあったので、(受賞が)本当に嬉しかったです」と感想を言うと、そこから伊丹十三記念館での話題となり、リリーさん「伊丹監督が旅先から宮本さんに送った手紙を見て、こういうことをきちんと手を抜かずにやれるから、表現することが作品になるんだと思いました。そのことはわかっていても、なかなか出来ないから」と、伊丹監督へのリスペクトに溢れた想いを語りました。
その後、トークは周防監督初の聞き手役!で進行し、なぜリリー・フランキーという名前になったのか、リリー・フランキーとは何者なのか?ということを知るため、シナリオを考えて進めようとする真面目な周防監督と、逸脱することを楽しみながら話すリリーさんのトークに、時に笑いを交えながら会場の皆さん聞き入っていました。
『東京タワー〜オカンと僕と、時々、オトン〜』でも語られた、子供の頃から、上京してくるまでのエピソードを、1時間半かけて丁寧に聞く周防監督に、「こんなに丁寧に自分のことを話したの初めてですよ。まるで精神分析を受けてるみたい!」と笑うリリーさん。子供の頃から漫画を描いたり(締め切りを決めて必ず守っていた!)、野球したり、音楽と映画が好きで、友人にも「子供の頃からやってることが変わらない」と言われるリリーさんは、「子供の頃からリリー・フランキーだった」んですね。でも、リリーさん、性への目覚めはかなり遅かったらしく、一時間半かけて、どうにか『いかにしてリリー・フランキーという名前になったのか』まで辿り着いた時点で終了時間がきてしまい、「ここで終わったら、俺、童貞のままですよ!」と嘆き、周防監督も「すみません慣れない進行で。この続きはまた…」と謝り、オチのついたところでトークショーは終了となりました。

トークショー終了後の、リリー・フランキーさん、宮本信子さん、周防正行監督。こんなに楽しくて素敵な時間を作ってくれた、スタッフの皆さん、そして、伊丹監督ありがとうござました!

愛媛松山へ行った際には、是非とも!リリーさんが感動した“伊丹監督が旅先から宮本さんへ送った手紙”も読める伊丹十三記念館に、足を運んでみてください。その場所にいるだけでも、気持ちが落ち着ける空間で、新たな伊丹十三監督の魅力に触れられます!